本紙 100,8 ×31㎝
軸装 179 ×44,8㎝
紙本淡彩

池大雅
享保8年(1723)~安永5年(1776)
諱/橆名(ありな)・勤
字/貨成・公敏
号/大雅堂・三岳道者・霞樵 他
京都に生まれ活躍した、絵師で書家、文人。
当時、応挙・若冲に並ぶ人気アーティスト。

この作品には
大雅さん自身がつけた題がないので
タイトルに悩みました。
ただの「山水」では
この険しい岩山をぐるっと廻らせた山道や
岩の上に、かなり大きく描かれた楼閣を表すには
不十分に感じます。

作品では、
一番下に水面が描かれ
川沿いの急峻な山道とわかります。

左下から道があり、
真ん中の大きな岩山を巡り
手前の岩の向う側に姿を隠し
右手で山道となって現れます。

道は、大きな岩山の後ろから続いているんです。

また、岩山の後ろに隠れて
楼閣へと進むのでしょう。
見る者を画世界に引き込みます。

普通、
山中の楼閣は
かなり小さく描かれるんですが、
この作品ではかなり大きい。

楼閣としましたが
山門かもしれません。

建物の裏手には
奇妙に、三筋に分かれた滝が見えます。

上部に、
藍が掃かれて
遙かな遠山が表されます。

大雅さんは
「迷遠法」といわれる視覚表現を使います。

人間の力の及ばない
大きな自然の力の中で

頼りになる感覚を失わせ
自然に従ってしか、呼吸できなくなる状態。
例えば、森の中で無数の木々の葉の中で、
方向感覚どころか
上下すら危うくなる不安定な感覚。

佐々木丞平先生は、迷遠法を
「視覚の不安定さ、定まることのない動きを表現する」
と定義されていますが、
これ以上ぴったりな表現はないでしょう。

大雅さんの画は
観る者に、抗えない自然の中にいるような感覚をもたらします。
とても心地良いんです。

この作品では
メインの岩山たちは
薄い墨と代赭(朱)の繊細な濃淡と
軽いタッチの点苔で描かれ
極端な形でありながら、猛々しくはなく
もぞもぞと動いているようにも感じられるのです。

見るうちに
大雅さんの描き出した自然の、
一部分にならざるを得ないのです。

左上方から大振りの枝先が見えることや
左右が不自然に切れていることから
もともとは横の幅がもっと大きな作品だったと考えられます。

切り詰められたことで
奇怪な岩がクローズアップされ
ますます、とどまることのない自然生命の力が増しています。

「霞樵写」
《池橆名印》白文方印
《三岳道者》白文方印

落款と筆致から40歳代前半の作品と思われます。

本紙、軸装に虫食い
多数のシワ・折れがございます。
コンディションが良くありません。
箱無し
ご希望の方には、良い表具師をご紹介させていただきます。

《お買い上げありがとうございます》

作品上部、本紙の虫食い