径 約11,7㎝
高さ 約7㎝

大田垣蓮月
寛政3(1791)~明治8(1875)

生まれてすぐに、
京都知恩院門跡勤士の養女になり
同家の養子と結婚→死別。
次に同家の養子となった人と結婚→死別。

その後仏門に入ったのだそうです。
その時32歳。

想像を絶する人生です。

養父の死後、
岡崎に移り住み、
陶芸で生計を立てたのだそうです。

多作な方で、
蓮月さんが詠んだ歌を蓮月さんが書いた掛け軸や短冊も
たくさん残されています。

自作の焼物に自作の歌を彫り書きした作品が多いのですが、

この作品は、
焼物の上に染付で歌が書かれ
内側に、漢字の「十」から
ススキのような何かがぶら下がり
風になびいた絵が描かれています。

歌に詠まれた
秋風に揺られる尾花(ススキ)でしょうか。
何を描いているのかご存知の方は
ご教示くださいませ。

ミをよ須る(身を寄する)
尾花が末の
秋風に
ゆられてなくか
寿々虫(鈴虫)の声
蓮月

身の置き所としたススキは
(頼りなく)秋風に揺られている。
そこで、生を全うし鳴く鈴虫。

味わいのある造形に、
蓮月さん特有の丸みの多い美しい筆によって
蓮月さんの人生とも重なる
精一杯の鈴虫を読んだ歌が書かれた作品です。

名家に生まれ、
家の事情で養女に出され、
結婚した夫と短い間に二度死に別れ、
若くして仏門に入ることを決め
自力で生き抜いた蓮月さん。
晩年は、慈善活動に力を注いだそうです。

私には想像もできない過酷な人生。
現代とは違い「個」よりも「家」が尊ばれた時代。
運命を受け入れ、逞しく生きた
その強さ、精神の深さが
作品に現れています。

口縁に窯キズがございます。
画像でご覧ください。
合わせ箱

《お買い上げありがとうございます》

「ミをよ須る 尾花が」

「尾花が末の 秋風に」

「ゆられて なくか」

「寿々虫の 聲」

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

窯キズ部分

内側上から

底から