本紙 約107,8 ×約26,9㎝
軸装 約191,5 ×約38㎝
紙本墨画

昭花堂昭乗
(しょうかどうしょうじょう)
天正10年(1582)~寛永16年(1639)
僧侶・文化人

澤庵宗彭
(たくあんそうほう)
天正元年(1573)~正保2年(1646)
大徳寺153世

江月宗玩
(こうげつそうがん)
天正2年(1574)~寛永20年(1643)
大徳寺156世
〈欠伸子〉は号の一つです。

天祐紹杲
(てんゆうしょうこう)
天正14年(1586)~寛文6年(1666)
大徳寺169世
〈夢伴子〉は別号の一つです。

この4人の生きた時代は、
天下統一の戦乱期から江戸初期。
今からは想像を絶した激動の時代です。

昭花堂は近衛信伊に仕えていたそうですので、
元は公家。
将軍秀忠・家光の上洛の手はずを整えたり、
お茶会で、公武の距離を縮める段取りをしたり、
優れた文化・芸術の才能・努力で平和を求めました。

澤庵は元は武家の生まれですが、
織田信長配下の羽柴秀吉との戦で主君家が滅亡し、
仏門に入ります。
権力を恐れず、
関ヶ原のた戦いで処刑された石田三成を
大徳寺の三玄院に手厚く葬ったり、
地位を必要とせず、
大徳寺の住持(大出世!)を3日で辞めたことでも知られています。
朝廷の権限を犯そうとした幕府に反発し、
玉室宗伯(大徳寺147世)、江月と共に
東国に流刑になっています(紫衣事件)。

江月は、生まれは日本一の大金持ち
南蛮貿易商天王寺屋の次男。
春屋宗園の弟子となって
禅の天稟を磨き、優れた社交性、人間力で、
時代の文化サロンの中心でした。
昭花堂とはとても親しく、
合作が多いんです。
昭花堂は真言宗の阿闍梨、
江月は臨済宗の頂点を極めた方ですので、
宗派の違いは交友の妨げにはならないとわかりますね。
狩野探幽ともとても親しく、
やはり合作が多いんです。

この三幅の作品は、

不安定な世の中を
文化・芸術・禅の力で安寧にしようと努めた
天才たちの合作です。

沢庵の軸と天祐の軸は、
風袋以外はおおむね良い状態ですが、
本紙が波打って皴折れがございます。
江月の軸はコンデションが良くありません。
画像でご確認ください。
鑑賞に堪えない程ではございません。

極札付

三重箱で、
二重目の箱表には
《小松宮彰仁親王御遺物》と書かれており、
一番外側の箱の蓋裏には
大徳寺511世大亀宗雄の墨書きがございます。

一重目の箱は傷みがございます。

¥350,000
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澤庵賛の軸

沢庵賛部分

昭花堂画部分

昭花堂印、薄い印です。

昭花堂軸風袋

天祐賛の軸

天祐賛部分

昭花堂画部分

やはり印が薄いです。

天祐軸風袋

江月賛軸

江月賛部分

昭花堂画部分

やはり印が薄いです。

本紙のヨゴレ

本紙のヨゴレ

江月軸、軸装左サイド上部虫穴

江月軸、軸装左サイド金襴虫穴

江月軸、軸装右サイド金襴虫穴

金襴ヨゴレ

一重目箱

三重箱

外箱蓋裏、大亀宗雄極め書

極札

極札裏