最大径 約13㎝
高さ 約9,5㎝

十二代坂倉新兵衛
明治14年(1881)~昭和35年(1960)
江戸時代初期から続く
萩焼の窯元。

萩焼は、毛利輝元によって招致された朝鮮の陶工によって
始められたとされています。

御所丸茶碗は、
日本から発注し、
対馬藩が仲介して朝鮮・釜山釜で焼いた御本(ごほん)茶碗の中の、
一つのカテゴリーです。

《御本/ごほん》は、「お手本」
のこと。
「こんな形・模様に作って」と、
日本からお手本を描いて送ってオーダーで作らせ
お取り寄せしたんです。

《御所丸》の名は、
朝鮮出兵の時、
薩摩藩主島津義弘が金海の窯で作らせ、
御所丸船で、秀吉に献じたことが語源、
ともいわれているそうです。

御本茶碗は、
将軍家を中心とする
身分の高い武家の強い要望に応え、
対馬宗家の仲介で日本に渡ってきた茶碗。

その中でも、
御所丸茶碗は、桃山時代の黒織部との類似、
影響が指摘されています。

確かに、御所丸茶碗は、
歪めた形や、大胆に削った箆目など
桃山時代の、大胆で豪快な造形を思わせます。

この12代坂倉新兵衛の作品は、
本歌の御所丸をとても良く写しています。

口は歪められ、
縁は丸く
強く張った腰の上に筋が施されています。
高台から腰の張りへの立ち上がりに、
箆で大きな面取りを施しています。

一方に上から白釉を強い雨のように掛けた景色があり、
一方に、鉄色の景色が見えています。

桃山時代のお茶は、
今の私には想像できない身近に
死が、あった人生を生きた武将たちに
熱狂的に求められた世界です。

このお茶碗を手にすると、
そんなことが心に浮かぶくらい、
御所丸茶碗の精神を良く写しています。

共箱

¥132,000
消費税・送料込

◇お問合せフォーム◇

◇営業予定◇

◇facebook◇

十二代坂倉新兵衛御所丸写茶碗