約18,5㎝
丸櫂先・丸撓
逆樋・複数樋
変形腰・中節
三刀
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大谷心斎(尊由)
明治19年(1886)~昭和14年(1949)
浄土真宗本願寺派第21世・大谷光尊の四男
本願寺執行長・管長代理などを歴任
大谷探検隊を財政面で援助
第一次近衛内閣で、拓務大臣
西本願寺内で「文如忌茶会」を主宰
「光悦会」の三代目会長を務め
「東の益田鈍翁、西の大谷尊由」と称えられました
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異形中の異形。
節の部分は階段のように広く平らな面を持っています。
箱の蓋裏に
「山科毘沙門堂に於て 山内の竹を以って作る(花押)」
と墨書きされています。
「沙那王」は、源義経の幼少期の名前「遮那王」と、
「毘沙門堂」をかけてつけられた銘でしょうか。
謎です。
私はこの茶杓を見て、子供の時に絵本で見た牛若丸と弁慶が履いていた高下駄を連想しました。
五条大橋を東に向かって山を越えると、毘沙門堂のある山科です。
または、軋轢によって脇に行かざるを得なかったけれど真っ直ぐに成長した竹の姿が、
遮那王/義経の生き様に重なったのかしら。
「丸櫂先・丸撓」としましたが、
すんなりとした櫂先ではなく、
短い直線をつなげて、櫂先全体でアールを描いた丸櫂先です。
撓めも、なだらかな曲線ではなく、
細かな削りを鉋目状に施し、見る角度によっては折れ撓めに見えなくもありません。
また、撓め部の両脇は撓めるために炙った火の跡が姿を留めています。
苦難に満ちた義経の物語を現しているようにも思えます。
筒もまた異形です。
口部分は大きく凹んでいて、切り口が猪の目型になるように上から半分まで削っています。
その削りを「沙那王」と銘書き面としています。
向かって右側を下から1/3程削って、花押を入れています。
底の部分の上面は、竹の色が濃く変色していて、
変色部の皮を二筋、荒く鋭く剥いで景色としています。
この、筒上部の激しい凹みに、
茶杓の節からざっくり削り取られた枝があったのかな。
と想像してしまう。
見る者の胸に物語を生む茶杓です。
筒の裏側の右側が凹んでいますので、
筒は、銘のある正面を上に向けて置くことは、支えなしにはできません。
箱は一瀬小兵衛作。
明治4年(1871)~昭和13年(1938)
千家十職指物師・駒澤利斎家の別家。
平成30年(2018)に、MIHO MUSEUMで開催された特別展、
《百の手すさび/近代の茶杓と数寄者往来》の図録には、
尊由さんの3本の茶杓、
「龍田川」「紫明庵主に贈る」「如意」が掲載されています。
いずれも、異形の茶杓です。
「龍田川」の筒は、激しい虫食いと焼け跡のある竹を使用されています。
本作品は、淡交社の複数の出版物に掲載されていると教えてくれた人がありましたが、
確認できていません。
所蔵者部分を切り取った札がついていて、
過去に展覧会に出品された作品と思われます。
二重箱
¥250000
消費税・送料込



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箱内/ 箱裏面

被せ蓋共箱
外箱


箱側面に小さな虫穴

