あとひと月で、炉開き。
茶杓は、茶の湯を胸に持つ者にとって、
武士の刀のような存在。
スピリットの象徴でもあり、一番大切でありながら直接手に触れる道具ですね。
どんな茶杓を使うか、は
その人のお茶そのものを端的に表します。
炉開きに向けて、良いお茶杓をご紹介!
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良い茶杓を持たねば始まりません。
❶
黒田辰秋作 竹茶杓



黒田辰秋
明治37年(1904)~昭和57年(1982)
京都生まれ
漆芸家・木工家
河井寛次郎、柳宗悦らの民芸運動に参加。
人間国宝
他で見たことのない大振りな茶杓。
さすが黒田辰秋です。
大胆な形ですが、細部は繊細に削られています。
櫂先裏、中心線から斜めに削られたフォルムの美しいこと!
裏側の追取部分、中央部分には、竹の内側の薄皮が残り、
この茶杓が厚い竹から削り出されたのではなく、
この薄さの竹から、絶妙に削られて作られたことがわかります。
筒も長い!
詰蓋との〆印は「辰」の焼き印。
接合部分、筒の上部に僅かにヒビが入りかけています。
本体裏面、筒にシミがございます。
画像でご確認ください。
長 21,3㎝
兜巾櫂先・丸撓
本樋・無樋
直腰・節止
四刀
共箱
「茶杓 辰秋造」朱印
箱の蓋表「杓」の文字の右側に凹みがございます。
共布
¥280000
消費税・送料込
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❷
堀越宗円作茶杓 銘「老松」

堀越宗円
明治25年(1892)~昭和53年(1978)
本名/ 梅子
明治の元勲であり、日本銀行を設立した財界人でもあった、
松方正義の息女。
東京国立博物館、国立西洋美術館の
「松方コレクション」で名高い、松方幸次郎氏は兄。
鈍翁を敬愛し薫陶を受けた、裏千家初の女性老分(ろうぶん)。
音羽護国寺の茶室・艸雷庵は、宗円によって寄進された茶室です。
宗円の「蕾会」に由来しています。
□
華奢で、軽く、品格高い茶杓です
幅が細いことで、掬える茶の量が少なくならないためでしょうか、
櫂先部分が少し長く、しっかりと美しいアールがかかっています。
見事な撓めです。
筒は八角に面取りされています。
「老松」の名に相応しく、末広がりの八。
あっさりした墨書きのお手です。
茶杓本体も筒も、
これ見よがしなところがほんの少しもありません。
美しいお点前が目に浮かぶような茶杓です。
長 18,2㎝
丸櫂先・丸撓
逆樋・数樋
直腰・中節
五刀
共筒・共箱
筒の下部に黒っぽい部分がございます。
筒・箱共に、シミが出でいます。
画像でご確認ください。
¥150000
消費税・送料込
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❸
菅楯彦茶杓 銘「花陰」

菅楯彦
すがたてひこ
明治11年(1878)~昭和38年(1963)
鳥取生まれ
大阪で活躍した画家
庶民の暮らし、郷土芸能・風俗を描きました。
朗らかで、温かい画風です。
初代大阪市名誉市民。
まだ中堅画家であった時に人気名妓と結婚し、たった7年で死別した後、
生涯再婚せず、画業に生きたことでも知られています。
□
いさけうは 春の山へにましりなむ
くれなはなけの花のかけかは
□
古今和歌集の素性法師の歌が、
筒に楯彦の筆によって書かれ、
「花陰」と銘されています。
さあ、今日は春の山辺に入り込もう!
暮れたらなくなる花の陰ではないから
□
楯彦は、39才の時、
当時絵葉書になるほど絶大な人気の芸妓・八千代と絵の指導を通して知り合い結婚しますが、
彼女は7年の結婚生活のあと病死してしまいます。
楯彦は85才でなくなるまで再婚せず、生涯妻を想い続けました。
本作品の銘「花陰」の《花》は、妻でしょう。
「暮れなばなげの花の陰かは」
暗くなったらなくなってしまう花ではないのだから
→目に見えなくなっても、美しい愛しい人は(自分の中に)確かにいるのだから。
こんなに、一人の人を想い続ける人生もあるのだな。
楯彦の画風は、底抜けに明るいです。
特定の師を持たず、独学で画を習得し、国学・漢学を学んで、
挿絵画家として生計を立てることから、
歴史や大阪の風俗を独自の画風で描いて画家として評価を得ていった楯彦。
庶民の暮らしや郷土芸能を温かいまなざしで描き出します。
その心の中にはいつも愛しい人がいて、
楯彦を支えていたのでしょう。
そう思わせる茶杓です。
節部分に二つの芽がぴったりくっついていて、そこから生じる樋が、櫂先まで寄り添っています。
楯彦は、妻八千代と自分に見立てたのでしょうね。
茶杓の下削りは京都の竹細工師・西川宗悦。
約18,7㎝
丸櫂先・丸撓
逆樋・双樋
直腰・中節
四刀
共筒・共箱
¥110000
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❹
末川清香作茶杓 根津青山銘「笑門」

根津青山
本名/嘉一郎
万延元年(1860)~昭和15年(1940)
明治・大正・昭和の日本の政財界のトップリーダー。
益田鈍翁を頂点とする経済数寄者の中心人物の一人。
その広大な邸宅と庭園、4つの茶室が現在の根津美術館であることは、言うまでもありません。
日本の鉄道王と呼ばれ、負けん気が強かったことで知られています。
現在重文の《花の白河硯箱》を購入したことをきっかけに、
超一流の古美術品・古書画の蒐集に情熱を注ぎます。
鈍翁さんやその周辺の人たちによって、大正7年、初めてお茶会をしたことからお茶に魅了され、
数々の茶道具の逸品をコレクション。
その遺志によって、根津美術館は設立されました。
□
末川清香
昭和2年(1927)、株式会社資生堂設立の時の取締役の一人。
□
皮の表側だけでなく、中まで色が濃い黒竹(紫竹)から削られています。
生えていた時と同じ向きの逆樋。
枝の付いた痕跡の凹みが深く、洞(うろ)のようにえぐれて、樋が深いです。
丸撓めとしましたが、撓めの裏に竹の繊維が切れた様子も少し見え、
ちょっと折った感じでもあります。
切止はスパッと綺麗に切られています。
茶杓は、茶人にとって武士の刀に匹敵する存在。
その出来には、その人の人間性や成熟度、芸術への親和性が現れます。
この茶杓の制作者は、心が強くまっすぐで、老獪さのない人に思えます。
箱の蓋表に「茶杓」、
箱の裏に「末川清香自作」と同じ筆跡で墨書きされています。
筒の表に「笑門」と書かれ、根津青山の花押が記されます。
蓋裏に「應需銘 青山」。
これは間違いなく根津さんの文字と、花押。
このことから、
末川清香氏が自身の作られた茶杓と筒に、
根津さんに銘をつけてもらって、筒書き・箱書きしてもらったことがわかります。
経済人の茶の湯を通した交友が垣間見えますね。
根津青山が花押を記したお品の出現は非常に稀です。
また、《笑門=笑う門には福来る》。
これ以上なく良い銘です。
注連縄を表わす言葉でもありますので、これからの季節、初釜にも最高です。
約18,6㎝
剣先型櫂先・丸撓
逆樋・一本樋
直腰・中節
四刀
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