短冊 36,5 ×6㎝
軸装 154 ×19,4㎝
紙本

安田靫彦
(やすだゆきひこ)
明治17年(1884)~昭和53年(1978)
本名/新三郎
日本画家、能書家、良寛研究者、数寄者

歴史上の人物や仏にまつわる画題に於いて、日本を代表する日本画家です。
その作品は切手のデザインに用いられたほど。
昭和23年(1948)文化勲章受章。
良寛の研究者としても知られ、この方の書は良寛の書を写しています。
法隆寺金堂の障壁画の模写に携わり、
文化財審議会専門委員などを務め、古美術に精通し、
古伊万里・時代蒔絵・墨蹟など様々な古美術品に鑑定書きを書かれています。
この方の鑑定は、信頼性が高く、作品の格を高めます。
お名前はご存じなくとも、
パステル調の柔らかな色味の、この方の作品を目にしたことのない大人はいないでしょう。

日出つるくにの上宮太子かしこくも
このきたはしをふみたまいけむ

上宮太子=聖徳太子
きたはし=階段

「聖徳太子はこの階段を踏んだんだなぁ(ありがたいなぁ)」

聖徳太子と靫彦にまつわる建物は、聖徳太子建立の斑鳩寺ー法隆寺です。
法隆寺の階段に踏み入った時の、感慨深い気持ちを詠んだ一句と思われます。
13歳で、法隆寺金堂壁画の写しを見て画業を志した靫彦。
自身が、その模写作業の一員として法隆寺に足を踏み入れた時の感動はどれほどであったか、
想像するだけでこちらまで震えます。

古典的な料紙でなく、アールヌーボー調のお洒落な短冊に書いたことが、
美に精通した靫彦らしい。

短冊は桃色に銀色で植物の連続文様が摺られています。
抜群に瀟洒な短冊です。

聖徳太子も、当時は目新しい、渡ってきたばかりの仏教を積極的に取り入れようとした方です。
既存の様式でなく、ヌーボー調の新しい感覚の美の料紙に、
古に思いを寄せた歌を書くことは、
靫彦自身の美意識と聖徳太子への崇敬を兼ね備えた選択であったと存じます。

靫彦は大正元年(1912)、初めて良寛の書に出会います。
以来良寛に私淑、1918年に良寛の研究を発表、その第一人者です。
良寛に出会った後の靫彦の落款は、それ以前とがらっと姿を変え、良寛の書体を写しています。
大正年間の落款は、良寛の書そのもの。
本作品の落款は、昭和31年(1956)・72才以降の晩年の姿です。

高貴な紫の緞子の中廻し、
上等な金襴の一文字・風帯。
軸先は象牙です。

二重箱を誂えてあることからも、
旧蔵者がいかにこの短冊を大切に装丁されたかわかります。

折れがございますが、
汚れはなく、良いコンデイションです。

¥88000
消費税・送料込

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安田靫彦筆「日出つる国の」


折れ部分
内箱
  
二重箱

本作品の読みについて、古筆研究者の友人のお力添えをいただきました。
心よりお礼申し上げます。