口径 約20,5㎝
底径 約16㎝
高さ 約11~11,5㎝
江戸時代前期
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野々村仁清
生没年不詳
正保4年(1647)頃、御室仁和寺の門前に窯を開き、
御室窯を始めたとされています。
国宝の壺や重要文化財の水指・茶碗など、華やかな色絵陶器の印象の強い仁清の焼き物ですが、
開窯にあたって仁清に指導をした茶人金森宗和の好みは、
モノクロの単色、独創的な造形や大胆な意匠とされ、
宗和の没後、裕福な町衆、諸大名の座敷飾りの調度として、
華麗な色絵作品が主流になったと考えられています。
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本作品は桃山時代に舶来された南蛮縄簾水指を仁清が写した作品。
外側は無釉で、箆彫りでたくさんの細い線を施し、その上に縄目が一周。
まさに縄暖簾の意匠です。
非常に薄い成型です。
手に取るとその軽さに驚かれるでしょう!
開いた口縁や蓋を受ける器内の引っ掛かりのなんとシャープなことか!
仁清にしかできない秀逸な造形です。
本作品には「仁清」印がありませんので、印章で確信を得たい方には向きませんが、
造形レベルの高さを感じられる感性を持ち、
仁清の水指をお手に取られたことのある方でしたら、間違いのないことがお分かりになるでしょう。
弊店のデジタルスケールで808,5gでした。
内側はむらむらに施釉されています。
その自由な景色も素晴らしい!
素朴さを残すために外側には施釉せず、内側のみ施釉することで、
水指としての機能が高められています。
裕福な町衆のための、華やかな色絵の茶道具で一世を風靡した仁清ですが、
その真骨頂は本作品のような《わかる人にだけわかる》
装飾を削れる限界まで削った美、独創的な形です。
「南蛮」の焼物は、元々は茶道具ではなく、
南蛮貿易で舶来されたベトナムや中国南方の焼物の力強く素朴なその姿が茶人の心を掴み、
茶道具に見立てられて愛されました。
「縄暖簾」も、縄暖簾みたいな模様から茶人が呼んだ名称。
一番有名なのは藤田美術館がご所蔵の17世紀の南蛮縄暖簾水指でしょうか。
本作品は、良い茶室のように、
素朴な姿でありながら、端正でシャープ。
得難い美しい姿です。
共蓋は失われ、大樋焼で南蛮チックに作られた蓋と
塗の変え蓋が付随します。
口縁に6×4㎜程度のホツがございます。
《お問合せください》




内側

裏・濡らした時/濡れていない時

大樋焼蓋(ニュウ有)


塗蓋



素晴らしいエッヂ!

シャープなのに抜け感のある彫縄模様


箱側面は、炉縁のように右回りに組まれています

蓋裏/ 箱内

大樋の蓋に付随する綿付布

