口径 約12,5㎝
高さ 約6㎝
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平瀬露香
天保10年(1839)~明治41年(1908)
本名/ 亀之輔
大阪の豪商・両替商千草屋7代目
実業家・数寄者
和歌・俳諧・茶道・煎茶・能楽など文化芸能に精通
道具目利きとして非常に名高い人物。
3回行われた平瀬家道具入札において、
その旧蔵品は数寄者の垂涎の的となり「平瀬相場」と呼ばれる高値で取引されました。
現在、根津美術館がご所蔵の重要文化財《花の白河硯箱》は、
第一回平瀬家入札で、根津青山が落札。
これによって青山は古美術蒐集家として天下に名を轟かせたのです。
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丸みのある天目茶碗の内側上下左右と茶溜まり(底の真ん中)で5つ、
北野天満宮の印・梅が描かれています。
箱の蓋表に
「瀬戸窯 御茶碗」
蓋裏に
「明治十四年十二月一日
北野霊廟献茶祭
直会用之内
露香(花押)」
と墨書きされています。
明治14年(1871)12月1日は、
京都北野天満宮で第一回の献茶奉仕が武者小路千家11代一指斎によって執り行われています。
平瀬家は武者小路千家との関わりが深く、
露香は一指斎に師事していました。
薄造りで軽いお茶碗です。
口縁もかなり薄く、高台は小さめ。
いかにも粋で瀟洒な露香がかかわったお茶碗という感じ。
献茶の天目茶碗なのに、
丸みが強いのは、梅の花の姿に寄せているのでしょう。
露香のハイレベルなセンスに痺れます。
高台内左に「半介」と小判型の印章が押されています。
半介さんの仔細は不明です。
露香は、
当主となる見込みのなかった平瀬家の六男と、奉公人の娘の間に生まれ、分家の子として成長、
兄達の早世で父親が平瀬家の当主となったのちも、母親は正妻でない境遇。
父親の正妻に男子が生まれず、十代半ばで本家に迎えられ、当主となりました。
幼くして神童と呼ばれ、遊芸・読書に耽り放蕩生活を送ったといわれています。
別の表現では、様々な伝統文化芸術を極めた人でした。
茶道は、一指斎亡き後、愈好斎の後見も務められています。
細く自由自在に連綿とした筆致は、露香の特徴。
貴重な自筆です。
利斎箱
¥250000
消費税・送料込




裏
箱表

箱裏


仕覆のコンディション


