本紙 約39,5 ×41,8㎝
軸装 約134 ×45㎝
絹本墨画
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仰木魯堂
文久3年(1863)~昭和16年(1941)
本名/ 敬一郎
数寄屋建築で知られる建築家・数寄者
益田鈍翁・馬越化生・團狸山ら、
明治の日本経済を築いた巨人たちの邸宅・茶室建築に関わりました。
明治維新で幕府の庇護を失った音羽護国寺を守り、
東都の茶道総本山にしようと考えた高橋箒庵の声掛けで馬越化生が尽力され、
茶室・圓成庵・不昧軒が、
氏の没後にそのご子息が月窓軒と化生庵が護国寺に寄進されます。
艸雷庵は、鈍翁に薫陶を受けた堀越宗円による寄進。
これらは全て魯堂の建築です。
もちろん数寄者としてのご交友関係も広く深く、
重要な茶会の茶会記にしょっちゅうお名前の出てくる方です。
松永耳庵が「茶道三年」に記された茶会記にも、何度もお名前が記されています。
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秀逸な達磨像です。
強烈な存在感。
この、髭・眉・髪のカサカサとして毛の一本一本が見える筆致は、
梁楷(南宋13世紀)の人物表現にも使われる筆法。
とても素人の作品と思われない巧みな画力です。
カサカサの中に、部分的に水分量の多い箇所があるのは、
魯堂独特な感じです。
達磨の衣はこれ以上水を加えたら紙がもちません、のところまで水分たっぷりに
流れのように描かれます。
実際、墨の一番濃いところは、穴の開いた痕跡があります。
魯堂は禅を得ていたのでしょう。
その精神を墨で表現できたといわざるを得ません。
達磨は何かを見据えていて、鑑賞者を置き去りにしています。
こちらを見てもくれない。
雪舟が描いた「慧可断臂図」は、
岩壁に向かって坐禅する達磨に、参禅を請うた慧可が、
その決意で切り落とした己の左腕を指し出すシーンを描いています。
それくらい覚悟がないとこちらを見てもくれない達磨という禅師を、
魯堂が掴んでいたことが、
この作品からわかります。
本作品は紙が継いであります。
理由はわかりませんが、建築家の魯堂は、紙に対して建築をほどこしたのかな。
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山の天辺辺りに穴の跡

紙の継ぎ目


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