口径(一番広いところ) 約11㎝
口径(一番狭いところ) 約10,1㎝
高台径 約4,9㎝
高さ 約8㎝
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御本茶碗は、
日本から「こんな風に作って」と注文で作られた高麗茶碗のカテゴリーの一つです。
徳川幕府と李氏朝鮮を仲介した対馬藩が、釜山にあった和館内に開いた
釜山窯(和館茶碗窯)で造られました。
中国・朝鮮半島の文化芸術をお手本として崇めた日本にとって、
海を渡ってもたらされる《渡り物》は、大大大憧れの品。
釜山窯の操業は寛永16年(1639)~享保3年(1718)と考えられています。
お手本は、紙に横姿のシルエットを線描きし、
細かな注文を文字や絵で加えて、寸法を記して示しました。
対馬の宗家文書の中に注文帳の控えがあるんです。
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本作品は、御本茶碗の中でもだいぶ小振りです。
少し土が柔らかく、釜山窯でも終盤の18世紀初頭の作品と思われます。
裏千家14代淡々斎が箱の蓋裏に極め書きをされています。
釜山窯のが操業を終えた後、対馬藩の御用窯・對州窯で、
需要に応えるために作られた御本茶碗を《對州御本》と呼ぶことがあります。
対馬は、日本と朝鮮の地理的にも中間で、様々な面で微妙な立場だったことが想像に難くありません。
本作品は淡々斎さんの極めに従い、御本茶碗といたしました。
掌に収まる柔らかな丸み。
キリっと成型された高台からの膨らみは、箆で削られざらっとしています。
そこから上に鹿の子の斑紋が花畑のように現れて可愛く、
淡々斎の命名「花の友」は、誠にぴったりです。
口縁は少し内に入り、細い線が不均一に巡らされています。
上から見ると一か所抑えて直線的、少し欠けた月のような形です。
側面の景色はどこから見ても良く、正面はどこか迷いました。
お茶を飲むことを考えると、角張ったところが飲み口。
とすると、飲み口を避けたまん丸なところを正面とするのがいいのではないかしら。
そうすると、
高台の、釉薬の掛け残しの三角がちらっと見えますし、
真上から見た時に笑っているように見えるのも良い感じです。
箱書きの淡々斎(明治26年~昭和39年)は円能斎の長男。
この方の働きかけによって茶道は学校教育に導入され、日本人の教養・文化意識の根底は高められました。
畠山即翁・藤原暁雲・松下幸之助・大原孫三郎・吉川英治ら
近代日本を築いた巨星たちの多くもその門人でした。
無疵
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「御本茶碗 銘 花の友 宗室(花押)」

箱/ 蓋甲

箱裏


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