高さ 約39,5㎝
底最大径 約19,7㎝
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元伯宗旦
天正6年(1578)~万治元年(1658)
千家3代
2代少庵と利休の娘の子
11歳頃大徳寺111世・春屋宗園のもとに喝食として修業に入る。
天正19年(1591)利休は秀吉の命により切腹、一族は闕所(けっしょ)払いとなり、
父少庵は京都から遥か遠い会津の蒲生氏郷に身を身を寄せます。
文禄3年(1594)、少庵は許され、秀吉が利休から召し上げた道具が返され、千家は復興。
宗旦は還俗しましたが、自身はその後藩主に仕えませんでした。
三男宗左は紀州徳川家に仕えさせ、表千家、
四男宗室は加賀前田家に仕えさせ裏千家の、それぞれ祖となりました。
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覚々斎
延宝6年(1678)~享保15年(1730)
表千家6代
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了々斎
安永4年(1775)~文政8年(1825)
表千家9代
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節を二段残した一重切花入。
上部に残された輪の部分にも、節があります。
細く巡った美しい節。
艶々としてほとんど景色のない飴色の竹で、裾に向かって僅かに広がっています。
背面に「臨済」と宗旦の花押が黒漆で入れられています。
「臨済」の二文字は、
宗旦の人生にとってとても比重の重い言葉です。
大徳寺は臨済宗。
その祖、臨済義玄禅師は唐時代の禅宗の僧です。
遷化されたのが咸通8年(867)。日本は平安時代、貞観9年です。
黄檗和尚に参じ、大愚和尚に相見。
黄檗和尚の印可を受けて、滹沱河(こだが)という河のほとりの臨済院の住職をされたことから
臨済禅師と呼ばれました。
唐から宋時代、中国の人々の心を掴んだ禅宗の中でも、
臨済さんの臨済宗は圧倒的に支持されました。
それが、南宋に渡った栄西によって日本に伝えられ、
栄西は鎌倉幕府の庇護を得て京都に建仁寺を開山。
鎌倉幕府は、国造りや文化芸術を学ぶために中国から臨済宗の高僧を招聘しました。
京都五山、鎌倉五山(一番格の高いお寺)は、臨済宗です。
宗旦が修行に入った大徳寺の開山は、大燈国師。
鎌倉建長寺に、南宋から渡来した蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)に学んだ大応国師に参禅した方です。
ざっくりいうと、その大燈国師に、花園天皇が心酔帰依して大徳寺ができました。
臨済宗を日本に伝えた栄西さんはお茶を中国から日本に伝えた僧としても有名ですね。
お茶は、禅宗と切っても切れない存在です。
茶禅一味の言葉もあります。
利休が秀吉の命によって自刃した時、宗旦は14才。
利休の死の少し前に、修業中の宗旦は、大徳寺山門前で偶然利休に会ったともいわれています。
切腹なんて話は全くなかった時です。
権力の頂点と蜜月で社会の頂点にあった利休が、
その権力によって急転直下切腹を言い渡され、一族は闕所払い。
仏門に入っている宗旦少年は、大徳寺で修業を続けたんですが、身の保証はなく、
あっという間に天国から地獄の、この世の無常に襲われます。
耐えて一日一日生きるのは、想像を絶する精神力です。
たった14才。
宗旦を支えたのは禅の修行によって鍛えられた精神力であったでしょうし、
修行そのものが、耐え難い辛さや不安から、宗旦を救ったのかもしれません。
「臨済」は、宗旦にとって、これ以上なく大切な言葉だったでしょう。
それを銘とした花入です。
個人的なことで恐縮ですが、私も臨済録にどれほど自分を支えてもらっているか計り知れません。
本作品に逢った時、
これは私が持たなければ、と思いました。
内箱の蓋甲に
「宗旦一重切花入 銘 臨済 文添 覚々極書付アリ 左 花押」
と、了々斎の墨書き、
蓋裏に
「宗旦花入 銘臨済 文添 左 花押」
と、覚々斎の墨書がございます。
本体に大きな割れ、上部にも割れがございます。
「文添」とありますが、書付はありませんでした。
宗旦の一重切花入で有名な「面影」も「三井寺」(根津美術館蔵)も、
侘びた竹を用いていますが、本作品は艶があり力強いです。
エネルギーに満ち満ちています。
臨済禅の不朽の力を感じます。
参考品
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17才の時、父少庵が許されて京都に戻り、
召し上げられた利休遺愛の茶道具は、宗旦に与える名目で少庵に下賜されます。
この頃、宗旦は還俗したと考えられています。
23才頃家督を譲られた宗旦自身は権力と距離を置き、
「乞食宗旦」と呼ばれるほど、侘びを極めた茶の湯世界を作ります。
一方で、
子供たちを各国の殿様に仕官させることに非常に熱心でした。
三男・十三郎が紆余曲折の後、紀州徳川家に仕官を果たした時、宗旦65才、
四男・長吉郎の加賀前田利常公への仕官が叶った時、宗旦は75才、
当時としては、かなり老齢になってからのことです。
次男・甚右衛門は塗師・吉岡家に養子に入り、
宗旦の没後に讃岐高松藩に出仕し武者小路千家一翁宗守となりました。
三千家は利休・少庵・宗旦のお茶の火を燃やし続けていらっしゃいます。





内箱蓋裏 覚々斎極書/ 蓋甲 了々斎極書


上から/ 中の節部分も穴が開けられています
底裏


内箱両サイド

蔵番

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外箱両サイド

外箱内側

