本紙 約109,5 ×29,8㎝
軸装 約176,5 ×45㎝
紙本

安田善次郎
天保9年(1838)~大正10年(1921)
この方の名前をご存じない方も、
東大の安田講堂は名前を聞いたことがあるかもしれません。
安田善次郎によって匿名で寄贈され、死後に安田講堂と呼ばれるようになったのです。
松翁・安田善次郎は富山の下級武士の子として生まれ、江戸に出て両替店に奉公し、独立。
安田銀行(現みずほフィナンシャルグループ)を創立。
日本銀行創設と共に理事を務め、生保会社、東京建物等を設立。
近代日本の経済を牽引した立役者の一人です。
個人として日本一の金持ちといわれたそうです。
号/ 松翁
自ら「勤倹堂実行道人」と称しました。
「松翁茶会記」によると、
明治13年1月から同44年末まで、
自ら催した茶会28回、他家の茶会は365回。
お茶に情熱を注いでいたことが推し測られます。

「治家以勤倹為先」

家を治るには、勤勉倹約が最も大切である。

太陽NO.231「日本経済を築いた数寄者たち」(昭和57年1月発行/平凡社)には、
松翁がお供を連れて汽車で旅行中にお弁当を食べる時、
土瓶入りのお茶を買おうとしたお供に、(今さっき下車した人が置いていった土瓶に)「入れてもらえ」、
と言ったエピソードが書かれています。
お茶は、土瓶付きは三銭、中身だけだと一銭であったのだそうです。
松翁は当時、個人としては「日本一大金持ち」と言われた人。
想像を絶する倹約家です!

歴史を作った人物のエピソードは、現在でいうなら「切り抜き」記事。
その前後に、もっと複雑なシチュエーションがあったでしょうし、
どんな人物も、事件も、切り取る部分によって、また切り取った人の眼鏡によって、
わかりやすく、面白おかしくドラマ化されて後世に伝わります。
お茶の二銭を惜しんだ人物は、東京大学の安田講堂建設費を代表に、
公共事業・学校などに莫大な寄付をされています。

裸一貫から、巨大財閥を築いた安田松翁。
どんな人だったのかな。

本作品は書作品としてではなく、
本当に言葉をただ書いただけ、といった書姿です。
「勤倹」そのものです。

「書いた」モノは、
今は会えない過去の人物が、
「確かに生きていた」
今私たちが人生を生きるように、生身の人間であったことを実感させてくれます。
そしてその人となりを、雄弁に物語ってくれるように、私は思います。

印章の一つ「八十二齢」により
暴漢によって亡くなる二年前、最晩年の書とわかります。

本紙全体にシミが出ています。

無地箱に元々の箱の蓋のみ付随

¥110000
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安田善次郎筆治家勤倹為先

安田善次郎筆治家以勤倹為先  

 
シミ

裏面