本紙 約26,2 ×23,1㎝
軸装 約107,7 ×34,8㎝
紙本

谷川徹三
明治28年(1895)~平成元年(1989)
哲学者・翻訳家・評論家・法政大学総長
日本芸術院会員・婦人公論主幹・帝室博物館(現東博)次長

池大雅畫譜(昭和32・33年/中央公論美術出版)の編集顧問の一人

谷川徹三さんは、日本を代表する詩人・谷川俊太郎さんのお父さんです。
なぜか、胸に入り込んで強く残る谷川俊太郎さんの言葉。
その根底は、父徹三の哲学の母体によるのだとわかると、なんとはなしに納得します。

谷川徹三さんは西田幾多郎に影響を受け京都帝大哲学科で学びます。
西田幾多郎は「寸心」の号で、数多くの書作品を残していますが、
谷川徹三さんの書は珍しいです。

不結同心人
空結同心草

心を同じくする人とは結ばれず
むなしく草を結ぶおまじないをするよ

唐時代の女流詩人・薛濤(768~831)の五言絶句の下半分です。

徹三さんが京都帝大の学生時代に知り合った多喜子夫人と交際中に交わし合った手紙が、
息子の谷川俊太郎さんの手によって出版されています。
「母の恋文」(新潮社)です。
本作品を手に入れたことで、読み始めました。

大正10年から12年までの交際中(26才と24歳)に交わされた537通のラブレターの四分の一と、
30年後、昭和29年に多喜子から徹三への9通が納められています。

欲しいモノ・コトがすぐに手に入らず、
それを待つ間に自分の感情の暴走を収め、自分自身と向き合うことでしか、
人間として成長できない部分があります。
合えない間にしか育めない人間関係があります。
多喜子さんは京都生まれで京都育ち。国会議員の娘というお嬢様でありながら、
かなりあけすけで率直な物言い。
最初のラブレターから、自身を良く見せようとする上っ面の文章ではなく、
激しく純粋な心の内を露わに書いています。

手紙の内容によると、
徹三さんには、結婚後も好きな女性がいた時があったらしい。
写真で見る徹三さんはそれはもうイイ男で、
しかも哲学者。
モテない訳がありません。
その事実と向き合い続けてなお、54才の多喜子さんの、夫・徹三への手紙は、
ティーンエイジャーのように情熱的で率直です。
受け止め続け、愛し続けるには深く重厚な精神が必須です。

徹三さんはこの作品は誰を想って書いたのだろう。
まだ書籍を全部読んでいないんです。
楽しみです。

本紙にきつくシミが出ています。
ご確認ください。
谷川俊太郎の極め書き箱

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谷川徹三筆薛濤五言絶句

谷川徹三筆薛濤五言絶句

谷川徹三筆薛濤五言絶句谷川俊太郎さん箱書き
 谷川徹三筆薛濤五言絶句
本紙にシミが出ています/ モミ紙表具
簡素で哲学者に相応しく、詩の内容に合った色味の表装がされています