胴径 約5,8㎝
高さ 約8,3㎝
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三代中村宗哲
元禄13年(1700)~安永5年(1776)
彭祖宗哲
ご存じの通り、千家十職の塗師の職方。
茶人として奥義を極め、覚々斎・如心斎の信を得て七事式取り決めに参画。
当時の千家好み棗の制定、型棗を作りました。
蕪村とも親しかったそうです。
後桜町天皇即位式、中宮入内の調度の禁裏御用も務めています。
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この棗の姿は、渡辺喜三郎の笆棗によく似ています。
もともと、笆棗は小堀遠州所持の中興名物《笆棗》を写して、
喜三郎は作りました。
中興名物笆棗は、ベンガラで全体が塗られていて、蓋も浅め。
喜三郎の笆棗は、むしろ本作品に似ています。
(笆棗は、なごみ・2003年2/淡交社に写真が掲載されています)
本作品は甲に、水の輪が広がって消えるように全体の半分だけ太めの溝で施されています。
その輪線が蓋側面では2本。
3本目は半周だけ彫られています。
身の方はは合の下1,5㎝辺りにおなじ太さの溝一本。
その上に細い溝を3本、下に2本施します。
生地の木目ははっきりと現れ、野趣味に溢れています。
内側は黒漆です。
合の立ち上がり部分のなんと薄く成型されていることか!
このあたりも喜三郎に似ています。
むしろ、喜三郎が本作品に似ているというのが正しいかもしれません。
華美な美しさではなく、
非常にシブいお洒落な意匠です。
作品本体に宗哲の銘はありませんが、
箱の次第と作品が破綻なく一致していますので、
三代中村宗哲で良いと考えます。
木目の一致するところは完璧な合わせ具合です。
木目を合わせないとややきつい部分もございます。
花々を刺繍した古裂の仕覆付
共箱
¥110000
消費税・送料込


上から

蓋裏
お尻


つがりもしっかりしています



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蓋甲

蓋の桟が一本欠損しています

箱裏

