約18,7㎝
丸櫂先・丸撓
逆樋・双樋
直腰・中節
四刀
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菅楯彦
すがたてひこ
明治11年(1878)~昭和38年(1963)
鳥取生まれ
大阪で活躍した画家
庶民の暮らし、郷土芸能・風俗を描きました。
朗らかで、温かい画風です。
初代大阪市名誉市民。
まだ中堅画家であった時に人気名妓と結婚し、たった7年で死別した後、
生涯再婚せず、画業に生きたことでも知られています。
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いさけうは 春の山へにましりなむ
くれなはなけの花のかけかは
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古今和歌集の素性法師の歌が、
筒に楯彦の筆によって書かれ、
「花陰」と銘されています。
さあ、今日は春の山辺に入り込もう!
暮れたらなくなる花の陰ではないから
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楯彦は、39才の時、
当時絵葉書になるほど絶大な人気の芸妓・八千代と絵の指導を通して知り合い結婚しますが、
彼女は7年の結婚生活のあと病死してしまいます。
楯彦は85才でなくなるまで再婚せず、生涯妻を想い続けました。
本作品の銘「花陰」の《花》は、
亡くなった妻でしょう。
「暮れなばなげの花の陰かは」
暗くなったらなくなってしまう花ではないのだから
→目に見えなくなっても、美しい愛しい人は(自分の中に)確かにいるのだから。
こんなに、一人の人を想い続ける人生もあるのだな。
楯彦の画風は、底抜けに明るいです。
特定の師を持たず、独学で画を習得し、国学・漢学を学んで、
挿絵画家として生計を立てることから、
歴史や大阪の風俗を独自の画風で描いて画家として評価を得ていった楯彦。
庶民の暮らしや郷土芸能を温かいまなざしで描き出します。
その心の中にはいつも愛しい人がいて、
楯彦を支えていたのでしょう。
そう思わせる茶杓です。
節部分に二つの芽がぴったりくっついていて、
そこから生じる樋が、櫂先まで寄り添っています。
楯彦は、妻八千代と自分に見立てたのでしょう。
レアな茶杓です。
茶杓の下削りは京都の竹細工師・西川宗悦。
共筒・共箱
¥110000

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箱蓋裏

筒上下

筒後ろ面

箱裏/ 内


