◆前身相馬方九皐◆

「前身相馬九方皐」の「九方皐/ほうきゅうこう」は、
中国戦国時代の列子に出てくる人の名前です。

秦国の穆(ぼく)公が、馬目利きの伯楽に、跡継ぎをリコメンドさせたんです。
その、超絶馬目利きの名前が「九方皐」さん。
九方皐さんは、
「沙丘(砂丘)にいた黄毛の牝馬が並外れた名馬です」
といったんですが、行ってみたら黒毛の牡馬で、
穆公は、伯楽に
「お前のリコメンドした奴は、ダメじゃん、
馬の色も牡牝もわかってない。」
と怒ったんですが、
伯楽は、九方皐は見るべきものを見て、見なくていいところは見ないレベルに達している、
彼が見ているのは馬の姿とかそんなものではなく天機というべきものです、
と感嘆した。
果たして、その馬は超越して優れた馬だった。

「前身相馬九方皐」は、

含章簷下春風面
造化功成秋兎毫
意足不求顔色似
前身相馬九方皐

南宋の詩人・陳與義(1090~1138)が墨梅の賛に書いた七言絶句の四句目。

一句目は、梅の花の美しさを
二句目は梅樹木立の見事さを
三句目は、色を使わないで画を極めたら特に素晴らしい、
四句目に、本質を見抜くこと、
の意。
狩野永徳が絵画について問答したとする文献によると、
この詩は画工の心得だそうです。

大雅は、ここから言葉を引用して自らの印としたんですね。

ところで、
オリジナルは「前身相馬九方皐」。
大雅の印は「前身相馬方九皐」。
文字が入れ替わっています!

大雅は、古典作品から賛を引用するときも、
所々オリジナルと変えた文字を使う場合があります。
それが意図されたことなのか、
それとも勉強し尽くして暗記していた内容が、
ちょっと間違っていたのは、わかりません。

この印章は、
うっかり文字を間違えて彫ってしまったのか、
「本質にかかわらない部分はどうでもいい」ことを示すために、
敢えて、文字を入れ替えて刻したのか、
どっちでしょう。

30才代から使い始め、最晩年まで使い続けます。
池大雅作品集(昭和35年中央公論美術出版)に収められた811作品中、
155作品に捺されています。
現在国宝や重要文化財にしていされている作品にも、
数多く使用されています。

意図的にせよ間違えによるにせよ、発端はわかりませんが、
これだけ多くの作品、力の入った大作に捺された事実から、

《本質にかかわらないことには、こだわらない》
大雅の哲学をはっきり示す意図が汲み取れます。

 池大雅筆 秋谿漁舎図
池大雅筆 秋谿漁舎図
池大雅筆深谷迷人有異香 
池大雅筆 深谷迷人有異香
池大雅筆擬白隠畫伯 
池大雅筆 擬白隠畫伯 朝陽図