本紙 約136,5 ×28,5㎝
軸装 約188 ×44,8㎝
紙本墨画

層崖蔽日多清影
深谷迷人有異香

宋の孔武仲(1042~1097)の七言律詩
入山三首の第三・四句です。

幾重にも層をなす崖が日の光を蔽って
清らかな影が多い
谷は深く、人が迷う
人間界とは異質な香りがする

「霞樵寫意」
と款記されていますので、
この詩の部分を描いたよ、ってことですね。

とても険しい異形の山です。
詩に「層崖」とある通り、
太くはっきりした線で懸崖のアウトラインが縦に引かれ、
薄墨と短い渇筆による皴(しゅん)で、
そこら中に陰影が描かれます。
(《皴》は、岩肌の表現方法です。
本作品では、無精髭みたいに描かれています。)

山の上の方から、大きな滝が山の真ん中を流れ落ち、
途中で二股に別れて姿を消し、
一番手前でまた姿を現わしています。
二つの流れとして。

崖で光の差し込まない山中は、独特の香りがします。
湿気の匂いと、緑の匂い、濡れた土の匂い。

大雅の得意技は「迷遠法」。
山の中で、樹木の無数の葉っぱに囲まれ限界が見えない時、
方向感覚や現実感を失い、
クラクラと眩暈に襲われる時がありますね。
不安を感じつつ、どこかで現実から解放された自由な空気が心地良くもある。
そんな感じに、
見る人を、異次元の世界にトリップさせる筆法です。

私はこの絵を見て、
〈風の谷のナウシカ〉の腐海を思いました。
手前の、葉を繁らせた木々は、
胞子をいっぱいに付けた粘菌類みたいです。

数多くの大雅の山水画を見てきましたが、
この作品は、他のと違うと、
接する時間が長くなるほど感じます。

太陽の光のように明るい、屈託のなさが、
大雅の魅力の一つですが、
本作品は屈折しています。
訳の分からない部分が多い。

真ん中を貫く滝に橋が掛かっています。

右には東屋と杖を持った高士。
左には背負子を背負った人。

左側の道は、上下二段で、下の道が橋に続きます。
変な構造!
こんなところに橋があるのは、違和感の極みです。

よくよく見ると、
山頂の右下には、楼閣が描かれています。

そうか、
橋の右の台地に住まう高士が、
山の上の寺院に何かを届けさせ、
荷物を届けた従僕がカラの背負子で帰って来たのを出迎えている場面だ。

迷う者も多いこの深く薄暗い山から、
よう戻ってきてくれた。

この画を見る私たちは、
大雅の画世界によって、
人のほとんど踏み入れない異界に迷い込み、
帰ってきた人の無事を一緒に安堵します。
一緒に旅し、森の匂いを嗅ぎ、大切な人を想い、
画の中を一緒に生きるのです。

懸崖の背景には、
頭だけ見える山々が描かれています。
つまり、その下には雲は広がっていて、
雲間から見える山頂だけ。
とてもとても高いところの景色です。

高士のいる地面と、
その右手の上が平らな台地は、全く違う遠さです。
前景の川・川の右の岩、岩の上の林と右手の台地は近景で、
山が中景、
雲間が遠景。
凄く遠い距離感が、ギュっと密集して描かれる、
尋常でない画世界。

二筋に分かれた滝が、
前景で二筋の川として流れているのも、
私には異形に思えます。
川の真ん中に松が描かれるのも。

ビリビリ痺れる作品です。

「前身相馬方九皐」朱文方印
「霞樵」朱文連印

鑑定書有時代箱

僅かな折れ・傷み、シミはございますが、
良いコンディションです。
画像でご確認ください。

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池大雅
享保8年(1723)~安永5年(1776)
諱/橆名(ありな)・勤
字/貨成・公敏
号/大雅堂・三岳道者・霞樵・九霞、他

京都に生まれ活躍した、絵師で書家、文人。
当時、応挙・若冲と並ぶ、大人気アーティストです。
20才代ですでに名声が高く、
旅が好きで日本各地を旅したため、
日本各地に大量に贋物が存在しています。

近世の絵師で、
国宝・重要文化財に指定されている作品は大雅が最も多いことは、
現在ではあまり知られていません。
文化庁にも数多くの大雅作品が収蔵されています。

川端康成、梅原龍三郎、谷川徹三ら
一流の文化人、画家たちも大雅に魅了され、
その作品を愛藏されていました。
国宝に指定されている「十便十宜図」は川端康成さんの旧蔵品です。

池大雅筆深谷迷人有異香


 
印章
池大雅筆深谷迷人有異香
ここに!
 
修復部・シミなど
 
修復部



汚れ有
 
巻き留めの傷み

 
蓋裏に鑑定書き有り