本紙書部分 約37,5 ×20,6㎝
古画絹本部分 約29,5 ×20,6㎝
軸装 約165 ×29,7㎝
金箋・絹本
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古い絹本に描かれた白い仔犬の画の上に、
金箋に唐時代の詩を大雅が書いた作品を合装し、
一つの掛物としています。
金箋に書かれた大雅の書作品を、初めて見ました。
池大雅作品集(昭和35年中央公論美術出版)に収録された作品にも、
金箋の書作品は見当たりません。
画作品では、
国宝《楼閣山水図屏風》(東博蔵・一橋徳川家旧蔵)と、
《華封三祝図屏風》の2作品のみが金地に描かれています。
中国明~清時代に、金箋の扇に書画を描く(書く)ことが流行します。
文献上では唐時代に登場します。
金箋は、本当の金を使った金箔を貼ったり、
金泥を刷いたりした高価な紙です。
特別重要な作品でなければ、使用されません。
一方、仔犬の描かれた画絹の絹目は、
日本であれば室町時代以前の古い織り方です。
胡粉を使った犬の筆致や、松の葉の感じから、
中国の古い時代の作品の可能性もあります。
軸装の裂の古さ、上質なことなどからも、
この古画に合わせるために、
大雅に特注された書作品と推察されます。
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登々石路何時盡
決々渓泉到雲聞
風動葉聲山犬吠
一家松火隔秋雲
王建 山居
橆名
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〈白い犬〉の絵から、
それにマッチする唐時代の有名な詩を選んだのでしょう。
それがですね、
調べてみると、この詩は王建(767?~830?)の作品「山居」ではなく、
盧綸(ろりん/748?~800?)の「山店」でした。
中国文化に憧れ、
独学で学びに学んだ大雅ですので、
その頭・胸の中にはぎっしりと中国の古典作品が詰まっていて、
頭の引き出しから、出してきて、
そのまま書いたのもと推察できます。
それが、私にはかえって
大雅の中国詩芸術への造詣の深さ、憧憬の強さに思われます。
本や資料から探して書いたのでは、
こんなことは起こりえません。
さらに、大雅が「石路」とした部分は、
オリジナルは「山路」です。
大雅は詩を暗唱し、その風景を胸に描くうちに、
自分なりのイメージ画像が確立していたのでしょう。
その画像・映像の中の山道は、ごつごつした岩が露出していたのに違いありません。
芸術作品にと向き合うときに大切なのは、
それをどう自分のものとして受け取れるか、
ではないかと、私は思います。
大雅が非常にたくさんの作品に使用した印章《全身相馬方九皐》は、
「大切なのは本質、それ以外はどうでもいいんだ」
を表しています。
本作品は、まさにそれを体現した作品。
やはり大雅は素晴らしいです。
◆
石の剥きだした山道をどんどん登っていったところ
こんこんと水の湧く清々しい水辺に行き着くよ
秋風が樹々の葉をざわざわさせ、山犬が鳴いている。
火の燃える暖かな家、秋だなあ
◆
大雅らしい、古典筆法に基づいた優しい書姿。
上質な墨を惜しげなく使って、
一文字一文字がとても美しいです。
秋の山中の心地良い肌感や景色が、
「登々」「決々」「吠」「葉聲」といった音を駆使して表現された詩に、
《書》という記号化された視覚の、
見事な姿を与えています。
すっかり無駄な力の抜けた款記「橆名」も抜群です。
この書き方は「五君咏図」(川端康成旧蔵)など、
最晩年の書体です。
「池橆名印」白文方印
この印章は、とても良く似た陰影の印がほかにもあり、
作品集で確認できた限りでは、
30才代後期から使われ始め、
上記、川端康成旧蔵「五君咏図」、
「瓢鮎図」(出光美術館蔵」など最晩年と考えられる作品にも捺されています。
書風・款記・印章から、最晩年の作品でしょう。
大雅の傑作の一つと存じます。
書部分の金箋に大きな修復痕があり、
画部分は剥落や傷みが激しいです。
表具裂・風帯もかなり傷んでいますが、
全体としては鑑賞に十分な姿を保っています。
作られた時から、一度も表具を替えていないオリジナル表具と思われます。
画像をご覧ください。
古画・古典詩の姿を今に留める、美しい逸品です。
象牙軸先
無地箱
《お買い上げありがとうございます》
消費税・送料込
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裏面
裏仔細
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象牙軸先/ 風帯も紐も弱っています
巻き留め・箱に張札
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池大雅
享保8年(1723)~安永5年(1776)
諱/橆名(ありな)・勤
字/貨成・公敏
号/大雅堂・三岳道者・霞樵・九霞、他
京都に生まれ活躍した、絵師で書家、文人。
当時、応挙・若冲と並ぶ、大人気アーティストです。
20才代ですでに名声が高く、
旅が好きで日本各地を旅したため、
日本各地に大量に贋物が存在しています。
近世の絵師で、
国宝・重要文化財に指定されている作品は大雅が最も多いことは、
現在ではあまり知られていません。
文化庁にも数多くの大雅作品が収蔵されています。
川端康成、梅原龍三郎、谷川徹三ら
一流の文化人、画家たちも大雅に魅了され、
その作品を愛藏されていました。
国宝に指定されている「十便十宜図」は川端康成さんの旧蔵品です。