本紙 約112,7 ×50,5㎝
軸装 約203 ×63,2㎝
紙本墨画

画面いっぱいに描かれています。

目が釘付けになってしまう
魅力的な表情の驢馬。
なんとも言えない、可愛く、あどけなく、
少し色っぽい目つきです。

すっかり垂れた長い耳と
両耳の間の優しい毛の描写。
思わず撫でたくなる質感。
背中に乗せた主人との、蜜月振りが溢れ出ています。

モーツアルトは天才で、
その音楽は、天からモーツアルトの中に降りてきたらしいんです。
だから、世間話しながらでも、
授かった音楽を譜面に記せたし、
一度降りて来た音楽を忘れるということはなかったらしい。

このエピソードからわかることは、
モーツアルトは、
聞こえた(身に受けた)音楽を、
正確に楽譜に起こす技術を身に付けていた、
ってことです。
でなければ、
どんな素晴らしい音楽を神様か誰かが与えてくれても、
自分以外の人に表現、再現することはできなかった。

大雅にも、同じことが言えると思います。

対象の持つ本質とか、生命の美しさが見える特別な眼と、
それを他の人に伝えることのできる天賦の才を持って生まれつき、
その表現力を独学で高めていきました。

最初から天才だった。
その上、その才能を磨くことが楽しくて堪らなかったんだと思うのです。

本作品のテーマは高士と驢馬の信頼関係でしょう。

悟りを得た人だけが見せる、
味わい深く穏やかな掴みどころのない表情の高士と、
良いご主人様に可愛がってもらってうれしい、
いたずらな顔をした驢馬。
「ボクもいます」と
ひょっこり顔を出す樸童。

長いストロークでアウトラインを描き、
青墨(薄い墨)で、立体感をつけています。
とても良い青墨です。

高士の衣は白く、筆数少なく、
高潔さを感じさせます。

対象物の内面まで現すことは、
最高の絵画表現です。

落款は
「九霞山樵墨戯」

《九霞》は、大雅が20歳から使い始めた号。

40歳代後半の作と考えられている作品にも、
この九霞山樵は使われていますが、
30歳代中~後期に多く使われた款です。

印章「橆名 貨成」白文連印は、
私の持つ資料で確認できる一番時代の早い作品は、
宝暦5年(1755)32歳の時に、
董其昌の書に書いた跋文に捺され、
一番遅いのは、
41歳作・青緑山水画帖(サントリー美術館蔵)。
他に年記の確認できる作品は、すべて30歳代の作品です。
昭和35年、中央公論美術出版発行
《池大雅作品集》収録の画682作品でも、
ほとんど30歳代で使用したことを確認いたしました。
この印章は、
後になると左上にはっきり欠損が現れますが、
本作品の印影に掛けは見えません。

関防印「奇々怪々不専一能」は、
款記のある作品では「画式四種」宝暦12年・39歳、
「鶏頭図」宝暦8年・35歳、に捺されています。
下限は、重要文化財「蘭亭曲水・龍山勝会図屏風」静岡県立美術館蔵、
宝暦13年・41歳。

款の「九霞山樵墨戯」の
〈霞〉の「雨」冠の3画目の横棒が短く、
縦にとっても長い草体の筆、

硬いといえば硬さの残る謹直な描線。

以上のことから、
30歳代中ごろの作品と思われます。

本紙は傷みの修復跡が多いですが、
鑑賞に差し障りありません。
画像でご確認ください。

とても上質な金襴が贅沢に使われた表具です。
誂え無地箱付

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池大雅
享保8年(1723)~安永5年(1776)
諱/橆名(ありな)・勤
字/貨成・公敏
号/大雅堂・三岳道者・霞樵・九霞、他

京都に生まれ活躍した、絵師で書家、文人。
当時、応挙・若冲と並ぶ、大人気アーティストです。
20才代ですでに名声が高く、
旅が好きで日本各地を旅したため、
日本各地に大量に贋物が存在しています。

近世の絵師で、
国宝・重要文化財に指定されている作品は大雅が最も多いことは、
現在ではあまり知られていません。
文化庁にも数多くの大雅作品が収蔵されています。

川端康成、梅原龍三郎、谷川徹三ら
一流の文化人、画家たちも大雅に魅了され、
その作品を愛藏されていました。
国宝に指定されている「十便十宜図」は川端康成さんの旧蔵品です。

池大雅筆高士乗驢図
落款部分
 

関防印「奇々怪々不専一能」
「橆名 貨成」白文連印
 
傷み修復跡