本紙 約96,2 × 29,5㎝
軸装 約179 × 40,3㎝
絹本着色

大雅の作品としては数の少ない、
絹本に描かれた非常にカラフルな作品です。

国宝の「楼閣山水図屏風」(東博蔵)、
重文の「瀟湘勝概図屏風」
同じく重文「十二ヶ月離合山水図屏風」(出光美術館蔵)
など、カラリストとしても名高い大雅ですが、
上記のような着色の大作は、
身分の高い方、大金持ちからの注文にによって制作された作品。
一般的には、水墨、または墨に薄い代赭(朱)と藍を施した作品が圧倒的に多いです。

本作品のように、掛け軸作品にこれほど鮮やかに色が加えられている例は珍しいです。
もちろん絹本も、紙本に比べて圧倒的に数が少ないです。

大きな桃が天辺にある曲がりくねった杖を両手で持つ寿老様。
桃が重すぎるのか、両手で杖を握って、
大雅の画中では珍しく、長い頭に被りものをしています。
「桃が重くてしっかり握らんとイカンのよ」とぼやいていそうな、
力の抜けた、人の世の苦楽を超越した何とも言えない表情です。
纏った衣は藍と黄で着色され、生地の地紋まで表わされています。
丁寧な描き込みです。

ぱたぱたと飛ぶ鳥の羽を表わすように、両腕を左右に開いて寿老の周りを巡る子供たち。
生き生きと楽し気な表情、しぐさです。
お祭りの山車や行列をみた子供たちが、
それを真似て寿老の周りを取り囲んでいるといった様子です。

透明な赤い着色の暈し、黄色・藍・紫の色が、
子供たちの浮かれた雰囲気に効果を発揮しています。

大和文華館での2023年8~9月の特別展
「文人サークルへようこそ~淇園・鶴亭・蕪村たちがお出迎え」
において展示されていた池大雅筆「七老戯楽図」が、
本作品と同様に絹本着色の人物図で、とても明るい発色でした。
かたや老人、かたや童子ですが、
「戯楽」の表現は同じです。

款記も「九霞山樵」の「九」が小さく、
「樵」の雨冠を自由に横に広げた草書の姿もとても似ています。
同じ時代に描かれたものと推測いたします。

食べると長生きするとか、仙女の食べ物であるとってもおめでたい桃(しかも巨大!)と、
寿老と子供たち。
おめでた尽くしを、高価な絹本に高価な岩絵の具でカラフルに描いた、
レアな作品です。
落款の書体も大雅しか書けない自由自在な姿です。

九霞山樵寫
「霞樵」朱文聯印
「前身相馬方九皐」朱文長方印

は、共に、
30歳代半ばから、生涯使われ、最も使用頻度の高い印章の2つです。
この二つが同時に捺された作品は、
池大雅作品集(昭和35年中央公論美術出版)掲載画作品682点中、
84作品と、非常に多いです。

絹本のところどころに傷みの修復痕が散見されますが、
鑑賞に差し障りございません。
悪くないコンデイションです。

唐木軸先、古金襴の一文字裂、
上等な軸装です。
時代箱

¥1650000

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池大雅筆寿老群童図

池大雅筆寿老群童図

池大雅筆寿老群童図
  
コンデション仔細
 

軸先
  
天 虫穴修復痕 / 地 引っ掻き跡がございます
   

  
大和文華館2023年8~9月の特別展「文人サークルへようこそ~淇園・鶴亭・蕪村たちがお出迎え」
において展示されていた池大雅筆「七老戯楽図」(右・画像はパンプレットより)

池大雅
享保8年(1723)~安永5年(1776)
諱/橆名(ありな)・勤
字/貨成・公敏
号/大雅堂・三岳道者・霞樵・九霞、他

京都に生まれ活躍した、絵師で書家、文人。
当時、応挙・若冲と並ぶ、大人気アーティストです。
20才代ですでに名声が高く、
旅が好きで日本各地を旅したため、
日本各地に大量に贋物が存在しています。

近世の絵師で、
国宝・重要文化財に指定されている作品は大雅が最も多いことは、
現在ではあまり知られていません。
文化庁にも数多くの大雅作品が収蔵されています。

川端康成、梅原龍三郎、谷川徹三ら
一流の文化人、画家たちも大雅に魅了され、
その作品を愛藏されていました。
国宝に指定されている「十便十宜図」は川端康成さんの旧蔵品です。